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サキタリ洞人の発見

 

 2009年から当館が発掘調査を実施している南城市サキタリ洞遺跡(ガンガラーの谷内)(写真1)では、これまでの調査によって9千年前の押引文土器や1万4千年前の石英製石器と人骨、約2万3千〜2万年前の人骨や海の貝で作られた道具(貝器)が発見されています。


写真1 サキタリ洞遺跡のようす(写真中央が調査区II)

 しかし、これまでサキタリ洞遺跡から発見された人骨は、すべて歯や手足の骨など断片的なものばかりで、港川人との関係をうかがい知ることは困難でした。そうした中、ついに今年(2014年)の11月、サキタリ洞遺跡から9千年前以前のものと考えられる人骨が発見され、大きく報道されました。
 今回のコラムでは、発見された人骨についてご紹介します。
 サキタリ洞遺跡(調査区II)では、昨年度の調査で約9千年前のV層(※コラム082「土器の模様いろいろ」を参照:コラム082では8千年前(8000BP)となっていますが、本コラムでは放射性炭素年代を暦年に較正した年代を使用しています)の地層から、沖縄最古となる押引文土器が発見されました。今年度は、このV層以下をさらに掘り下げて発掘を行ったところ、V層の下位のVI層を挟んで、さらに下位に位置するVII層中から、人骨が発見されました。
 この人骨は、1体分の成人の骨と考えられるもので、仰向けに横たわった状態で、解剖学的な位置を保った状態で検出されました。最初に発見されたのは左腕の部分で、左腕の前腕と上腕の骨は交連した状態(関節同士が組み合わさった状態)で検出されており(写真2)、洞穴内に入り込んだ遺体が自然に埋没したものではなく、死後に洞穴内に葬られた可能性が考えられます。


写真2 人骨(左腕)の検出状況
V層が約9千年前の地層で、人骨はその下位のVII層中から発見されました。
上腕骨と前腕骨が▼の位置で交連しています。

 また、人骨の頭部、胸部、腹部、右腕の位置からは、直径30cm大の石灰岩礫が検出されています(写真3・写真4)。これらの石灰岩礫は、人為的に遺体の上に置かれた可能性が考えられます。
 こうした出土状況は、この人骨が意図的に埋葬された可能性を示しています。


写真3 人骨の検出状況◆F部、胸部、腹部、右腕の位置で石灰岩礫が検出されました。


写真4 人骨の検出状況。頭部と右腕の位置の石灰礫を取り除いた状況。
左腕はいったん取り上げた後、再配置しています。


写真5 人骨頭部の検出状況。壊れていますが、保存の良い歯列が確認できます。

 これまで、沖縄では港川人(約2万年前)や白保竿根田原洞穴人(約2万年前)など、保存の良い旧石器人骨が発見されていますが、骨格が交連した状態で発見された人骨はなく、これらが葬られたものかどうかについても、明らかになっていませんでした。
 サキタリ洞遺跡の人骨は、9千年前以前の人骨としては初めて、交連した状態で発見されており、当時の人々が洞穴を墓として利用していた可能性を検証するための、新たな証拠となるものです。 人骨は、今後、博物館に持ち帰ってクリーニングや復元作業、詳細な年代推定を行う予定です。港川人や、その後の時代の人々との関係はどうなのか、サキタリ洞人の研究は、まだスタート地点に立ったばかりですが、今後の調査研究の進展が期待されます。



主任 山崎真治

 

 

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